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2013年12月13日金曜日

15の夜 尾崎豊

1983年(昭和58年)12月1日発売。
作詞/作曲_尾崎豊 編曲_町支寛二。


1992年、26歳という若さで世を去った尾崎豊デビューシングル「15の夜」。私が学生のころ、彼を支持する熱狂的なファンと露骨に目を背けるアンチ尾崎との溝は深かったように思います。あの熱さを受け入れられるかどうか。多くの人は受け入れて共に熱狂し、また、見なかったことにして避けて通る人も少なからずいて、、、。

どちらかというと私は後者。ドライな毎日を送っていた私に尾崎の歌はかなり暑苦しかった。教祖のように祭り上げられているのにも鼻白む思いでした。尾崎のファンて「信者」って感じだったんですよね。


いやぁ、言うまでもなく熱いです。ちょっとやり過ぎな感じはしますが、これだけの「熱」を持った歌手が今いるでしょうか?聴衆の心に突き刺すように歌える人がいるでしょうか?言葉で相手をねじ伏せる力を持つ「(自称)アーティスト」は何人いますか?

好き嫌いは別にして、彼はやはり特異な才能を持った歌手であったと思います。歌なんて所詮、虚構の世界。それを現実かと錯覚させるような力、そんな歌手は今後なかなか出てはこないと思われます。

異論はあるかもしれませんが、尾崎自身は1stアルバム「十七歳の地図」の幻影とずっと闘っていたのではないかと勝手に想像します。このアルバムに収録されている曲はどれも素晴らしい出来。しかしこのテンションを維持していくのは困難なことだったろうと同情したくなります。クスリに溺れてしまったのも不憫でなりません。

太く短く。伝説と長寿は両立しないもの。80年代のみならず、日本の音楽史年譜に必ず書き込まれる歌手だと思います。


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2013年11月23日土曜日

少女A 中森明菜

1982年(昭和57年)7月28日発売、同年間チャート34位。
作詞_売野雅勇 作曲_芹澤廣明 編曲_萩田光雄。


スーパーアイドル中森明菜のセカンドシングル「少女A」。ジャケット写真、ちょっとむくれた表情がいいですね。彼女はこの曲でブレイクしました。作詞家売野さんの出世作でもあり、この後に売野・芹澤コンビは初期のチェッカーズに楽曲を提供、ヒットを連発します。


低音域で息継ぎせずに突っ走るAメロから「じれったい じれったい〜」への展開は、当時インパクトを受けました。個人的に好きなパートは、2番のAメロ「〜胸の高鳴り 耳があゝ熱いわ〜」のところ。「あゝ」のニュアンスがセクシーです。この時まだ17歳。話してる姿は年相応に見えますが、歌う姿は大人びて見えますよ。

この可愛いルックスと落ち着いた声質。声はすでに伝説のアイドルとなっていた山口百恵さんを彷彿とさせますね。本人も意識していたのか、オーディション番組「スター誕生」で百恵ちゃんの「夢先案内人」を歌っています(同番組の史上最高点で合格したそうです)。

以前、薬師丸さんの時に書きましたが、この1982〜3年の頃は「松田聖子」「中森明菜」「薬師丸ひろ子」の3大アイドル(個人的見解)が並び立っていました。三者三様の魅力がありますよね。その中で明菜さんの歌唱力は頭ひとつ抜けていたと思います。

近頃は表舞台から姿を消している明菜さん。戻ってきてまた歌ってもらいたいと切に願います。

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2013年11月17日日曜日

センチメンタル・ジャーニー 松本伊代

1981年(昭和56年)10月21日発売、1982年間チャート53位。
作詞_湯川れい子 作曲_筒美京平 編曲_鷺巣詩郎。


伊代ちゃんのデビュー曲で最大のヒット曲「センチメンタル・ジャーニー」。彼女の登場は衝撃でした。初めて聴いたのは、たぶんチョコレートのCMだったと思います。

まず伊代ちゃんの声がすごい。この「鼻にかかった」という表現では物足りない「鼻詰まり」な声質。そのくぐもった声が奏でる不安定な音程は、聴くものを何とも言えない不安な気持ちにさせました。

そんな不安な気持ちのままAメロ、Bメロと聴いていくと、サビ前で「伊代はまだ16だから」と腕をクルクル回し自分を指さして歌うのです。初めて聴いた時はビックリしました。歌詞に自分の名前入らないですよ、ふつう。でもそれが強烈なインパクトを与えたからヒットしたのでしょうけれど。


「何かにさそわれて〜〜ん」ってところがいい味出してます。振り付けもキュート。そして曲がいい。筒美さん、さすが大御所です。

サンタさんの格好をしてバックで歌ってる二人は「キャプテン」。伊代ちゃんだけでは歌唱力に不安があったのか、テレビで歌うときにいつも二人がサポートしてました。その後「麻生真美子&キャプテン」としてデビュー。残念ながらそれほどヒットはしませんでした。

いま聴いても破壊力バツグンの伊代ちゃんでした。


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2013年10月23日水曜日

ジェームス・ディーンのように Johnny

1981年(昭和56年)11月18日発売、1982年間チャート16位。
作詞/作曲_Johnny 編曲_TCR横浜銀蝿RS


TCR横浜銀蝿RSのギターJohnnyのソロデビューシングル「ジェームス・ディーンのように」。Johnnyさん光ってましたよね。銀蝿の中でひとりだけサングラスの形違うし、ヒゲ生えてなくてお肌ツルツルだし。清涼感漂い誠実そうなこのルックスですから、女性ファンが放っておくはずもなく、バレンタインデーには4トン車一杯のチョコが届いたそうです。


おいでCome on 暗い瞳をして すねていないで 走りだそうぜ〜」おお、変わらずカッコいいですねぇ。当時私は銀蝿よりもJohnnyさんのソロの方が好きでした。次のシングル「$百萬BABY」もヒットしましたね。

ただ改めていま聴くと、Johnnyさんの声はメインボーカルとしてはちょっと弱いかな、と感じてしまいました。対して銀蝿の翔さんの声は、まぎれもなくメインボーカル声なんです。

Johnnyさんは典型的なバンドのギタリスト声なんですよね。例えばTHE STREET SLIDERSの蘭丸(土屋公平)、BOØWYの布袋寅泰のような。これは生まれ持った声質の話なので、どうしようもないことです。それでもカッコよさを減じる要素には全くなりえませんけどね。

活動停止後、Johnnyさんはキングレコードに入社し、的場浩司中山美穂などの制作ディレクターをしていました。そして現在はキングレコードの役員と関連会社の社長になっているそう。大出世ですね。今も昔もステキな生き方をされている方だと思います。


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2013年10月19日土曜日

里見八犬伝 ジョン・オバニオン(John O'Banion)

1983年(昭和58年)10月8日発売、1984年間チャート77位。
作詞/作曲/編曲_Joey Carbone/Kathi Pinto


薬師丸ひろ子主演の映画「里見八犬伝」その同名主題歌を歌ったのがジョン・オバニオンです。彼はアメリカ人、すでに自国でデビューしてました。角川の仕掛けで日本向け洋楽とでもいうのでしょうか、歌詞は当然英語です。洋楽と歌謡曲のハーフみたいな位置付けの曲ですね。


これは私の心に深く刻まれてます。英語なのに歌えますもん。「アイドンウォンディスナーィトゥイーンド、ドンセイグッバーイ、ジャスホーミークォーズ、マイダーリン〜」。聴こえるままカタカナで書くとなんか凄い。

残念ながらこの主題歌は彼のアルバムには収録されてません。彼にとっては「おしごと」だったのでしょうね。「角川映画スペシャル 」と「里見八犬伝 オリジナル・サウンドトラック 」に収録されています。いまではこの2つでしか手に入らないでしょう。

映画も面白いですよ。いま観たらチープに見えるかもしれませんけど。千葉真一ファミリー(JAC)総出演のスーパーアクションです。

この年の薬師丸さんは「探偵物語」と「里見八犬伝」2本の主演映画が公開されました。探偵物語は1983年度日本映画興行成績で第2位(1位はあのタロとジロ「南極物語」)、里見八犬伝は1984年度の第1位(2位はこれまた薬師丸さんの「メインテーマ」)。80年代前半、薬師丸さんは低迷しつつある映画界を支える存在でした。まあアイドル映画が興行成績のトップにいること自体、低迷を象徴してるともいえるんですが、、、。


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2013年10月9日水曜日

少女人形 伊藤つかさ

1981年(昭和56年)9月1日発売、同年間チャート43位。
作詞_浅野裕子 作曲_南こうせつ 編曲_船山基紀。


少女人形伊藤つかさちゃんです。私は大大大ファンでありました。地味な感じの女の子なんですけどね、なにか惹かれるものがあるのです。「劇団いろは」で子役デビュー。金八先生の第2シーズンにも出てました。

これは結構ヒットしたので何週間もベストテン入りしました。しかしつかさちゃんは当時中学生、労働基準法で中学生の深夜労働は認められていないということで、ベストテンの生放送(21時から放送)には出られませんでした。


ああ、、もう、聴いていると、胸が苦しくなります。全体的に音程がフラットしているところが実にイイ。リズムも走り目で不安定、だがそこがイイのですよ。ヘタなのもその人の個性。いまのアイドルならガチガチに修正して個性もヘッタクレもない平べったい歌になってしまうでしょう。

私のお気に入りの箇所は、1番のサビ「そうよあの人がいれば きっと守ってくれるわ」の「きっと」。ちょっと意識して聴いてみてください。この絶妙なフラフラ加減に心をくすぐられてしまいます。

3枚目のシングル「夢見るSeason」も好きな曲です。


ああ、、ため息しか出ません。初恋の人に会ったような感じ。1番サビ前の「そんな予感がするこの頃」の「頃」の歌い回し。やっぱり「声」なんですよね、惹かれるのは。生の歌はサビでかなりヤバイことになってますけど、、、だがそこがイイのです。


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2013年10月3日木曜日

サヨナラ模様 伊藤敏博

1981年(昭和56年)8月25日発売、同年間チャート55位。
作詞/作曲_伊藤敏博 編曲_大村雅朗。


伊藤敏博サヨナラ模様」これもメモリーグラスなどと同じ時期のヒット曲ですね。

彼は国鉄に勤務するかたわら、この曲で歌手デビュー、大ヒットしました。ヒット後も国鉄は辞めずにいましたが、分割民営化(JRになるわけです)に伴い、1987年に退職されたそうです。


なんとも素晴らしい、透明感があっていい声。聴き惚れます。サビの「ねェねェ〜」が続くところが印象的でした。

この曲は当時大好き、ってわけじゃなかったんですけど、何度も聴くうちジワジワと好きになりました。いつもベストテンの10位以内には入っていてほしいな、という曲。この他に西田敏行もしもピアノが弾けたなら」もそんな感じ。週1回は聴きたくなる曲でしたね。

「震えているのは〜」という歌い出し、ベストテンで駅のホームから中継したとき、吐く息が白くて、ホント寒そうな中で歌ってたのを観た記憶があります。この人はスタジオで歌ってるよりも、駅のホームから中継、って印象が強い。

現在も音楽活動は続けていらっしゃるようです。いまもあの声は健在なのでしょうね。

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