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2013年11月17日日曜日

センチメンタル・ジャーニー 松本伊代

1981年(昭和56年)10月21日発売、1982年間チャート53位。
作詞_湯川れい子 作曲_筒美京平 編曲_鷺巣詩郎。


伊代ちゃんのデビュー曲で最大のヒット曲「センチメンタル・ジャーニー」。彼女の登場は衝撃でした。初めて聴いたのは、たぶんチョコレートのCMだったと思います。

まず伊代ちゃんの声がすごい。この「鼻にかかった」という表現では物足りない「鼻詰まり」な声質。そのくぐもった声が奏でる不安定な音程は、聴くものを何とも言えない不安な気持ちにさせました。

そんな不安な気持ちのままAメロ、Bメロと聴いていくと、サビ前で「伊代はまだ16だから」と腕をクルクル回し自分を指さして歌うのです。初めて聴いた時はビックリしました。歌詞に自分の名前入らないですよ、ふつう。でもそれが強烈なインパクトを与えたからヒットしたのでしょうけれど。


「何かにさそわれて〜〜ん」ってところがいい味出してます。振り付けもキュート。そして曲がいい。筒美さん、さすが大御所です。

サンタさんの格好をしてバックで歌ってる二人は「キャプテン」。伊代ちゃんだけでは歌唱力に不安があったのか、テレビで歌うときにいつも二人がサポートしてました。その後「麻生真美子&キャプテン」としてデビュー。残念ながらそれほどヒットはしませんでした。

いま聴いても破壊力バツグンの伊代ちゃんでした。


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2013年11月11日月曜日

不良少女白書 榊原まさとし

1981年(昭和56年)5月1日発売、同年間チャート100位。
作詞/作曲_さだまさし 編曲_信田かずお。


ご夫婦デュオ「ダ・カーポ」で活動していた榊原まさとしさんのソロシングル。「2年B組仙八先生」で挿入歌として使われていました。「1年B組新八先生」と同じく、金八先生の陰に隠れ今では忘れられつつある仙八先生ですが、当時はなかなか人気がありました。

生徒役には「シブがき隊」結成以前の薬丸裕英本木雅弘布川敏和の三人に加え、三田寛子本田恭章など、なかなかの配役。そして副担任役の宮崎美子に恋した人も多いことでしょう。半年放送の予定が1年に伸びたため、途中降板してしまったのが残念でした。


人には黒く見えるカラスが 自分には白く見えてしまう〜
何故嫌いですか 何故好きですか 左ですか 右ですか〜
さだまさしさんの歌詞がとても印象的。5分を超える曲なのに、言葉の巧みさでスルッと聴けてしまいます。さださんが歌うバージョンもいいですけど、私は榊原さんの歌い方が好きですね。広がりを感じるアレンジも素敵です。

大ヒットしたとはいえませんが、忘れられるには惜しい曲だと思います。そういえばダ・カーポは今年デビュー40周年。長く続けるパワーに感服いたします。


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2013年11月3日日曜日

ルビーの指輪 寺尾聡

1981年(昭和56年)2月5日発売、同年間チャート1位。
作詞_松本隆 作曲_寺尾聡 編曲_井上鑑。


1981年は寺尾聡の年でしたね。年間1位「ルビーの指輪」に加え、同19位「シャドー・シティ」、同47位「出航 SASURAI」と3曲も年間トップ50入り。実はシングルレコードの発売順でいうと後の2曲の方が先で、「ルビーの指輪」の大ヒットのおかげで火がついたのでした。

この3曲が収録されているアルバム「Reflections」も売れまくりました。LPレコードとして歴代トップの売上です。2006年には、このアルバムを再レコーディングした「Re-Cool Reflections」も発表されています。

ザ・ベストテンではこの3曲が同時トップテン入りしました。2曲同時に入ることだって滅多になかったので、その時のことはすごく鮮明に憶えています。その後チェッカーズにもそんなことがありましたね。


この歌い方がクセになるんですよ。あまり口を開かないでボソボソと歌う姿。なんだかよくわからないけどカッコイイのが寺尾さんですね。

この頃の寺尾さんは石原プロに所属していて「西部警察」などにも出演していました。役名はリキでしたね。殉職シーン憶えてますよ。西部警察降板後、音楽活動に専念したい、ってことで石原プロを辞めたんじゃなかったかな??でもその後はヒット曲に恵まれませんでした。

いまはむしろ役者として確固たる地位を築いていますね。歳を重ねますます渋く、カッコよくなってきました。


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2013年10月23日水曜日

ジェームス・ディーンのように Johnny

1981年(昭和56年)11月18日発売、1982年間チャート16位。
作詞/作曲_Johnny 編曲_TCR横浜銀蝿RS


TCR横浜銀蝿RSのギターJohnnyのソロデビューシングル「ジェームス・ディーンのように」。Johnnyさん光ってましたよね。銀蝿の中でひとりだけサングラスの形違うし、ヒゲ生えてなくてお肌ツルツルだし。清涼感漂い誠実そうなこのルックスですから、女性ファンが放っておくはずもなく、バレンタインデーには4トン車一杯のチョコが届いたそうです。


おいでCome on 暗い瞳をして すねていないで 走りだそうぜ〜」おお、変わらずカッコいいですねぇ。当時私は銀蝿よりもJohnnyさんのソロの方が好きでした。次のシングル「$百萬BABY」もヒットしましたね。

ただ改めていま聴くと、Johnnyさんの声はメインボーカルとしてはちょっと弱いかな、と感じてしまいました。対して銀蝿の翔さんの声は、まぎれもなくメインボーカル声なんです。

Johnnyさんは典型的なバンドのギタリスト声なんですよね。例えばTHE STREET SLIDERSの蘭丸(土屋公平)、BOØWYの布袋寅泰のような。これは生まれ持った声質の話なので、どうしようもないことです。それでもカッコよさを減じる要素には全くなりえませんけどね。

活動停止後、Johnnyさんはキングレコードに入社し、的場浩司中山美穂などの制作ディレクターをしていました。そして現在はキングレコードの役員と関連会社の社長になっているそう。大出世ですね。今も昔もステキな生き方をされている方だと思います。


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2013年10月21日月曜日

ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編) TCR横浜銀蝿RS

1981年(昭和56年)1月12日発売、同年間チャート15位。
作詞/作曲/編曲_タミヤヨシユキ。


ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)TCR横浜銀蝿RSの2枚目のシングルで最大のヒット曲(のはず)。バンド名「横浜銀蝿」の前後についているアルファベット「TCR RS」は略称で正式名は「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL」。当時は単に「横浜銀蝿」という表記が多かったように思います。

白いボンタンに革ジャン、サングラスにリーゼントという当時隆盛を誇った「ツッパリ」の出で立ちで、時代を駆け抜けた横浜銀蝿。デビュー当時から「シングル、アルバムともオリコン1位を取り、ライブで武道館を満タンにして2年間でやめる」と公言していました。

2年が経過した時、アルバム1位と武道館満タンは達成されてましたが、シングルはこの曲での2位が最高だったため活動を延期した矢先「汗かきべそかきRock'n Roll Run」でついにシングルチャート1位を獲得しました。そして1983年末に3年3ヶ月の活動に終止符を打ちました(その後、多くのバンドと同様に再結成されてますが)。


勢いがすごいですね。いいとか悪いとか、上手いとかヘタとか、こちらにそんな判断をする隙を与えてくれません。ただ間違いなくスターでした。

コミックソングぎりぎりの歌詞がステキです。「ドカン」とか「ヨーラン」とか「赤テープ」とか、今の若者が聞いても何のことかわからないでしょう。時代ですねー。


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2013年10月14日月曜日

哀 戦士 井上大輔

1981年(昭和56年)7月5日発売、同年間チャート67位。
作詞_井荻 麟 作曲/編曲_井上大輔。


劇場版ガンダム3部作の第2作「機動戦士ガンダムII 哀・戦士編」の主題歌「哀 戦士」。元ジャッキー吉川とブルー・コメッツ井上大輔(井上忠夫)さんが歌います。井上さんはご自身で歌うだけでなく、様々な歌手への楽曲提供も多数あり。ラッツ&スターシブがき隊あたりが有名ですかね。


ガンダムは流行りましたね。私が観たのはリアルタイムではなく夕方の再放送。私に限らずほとんどの人はそうだと思います。本放送の時はそれほどヒットせず、再放送で火がついた作品ですから。

映画はそのTVシリーズ全43話を3本の映画に編集したもの。3本それぞれに主題歌があるわけですが(3作目も井上さんが歌う「めぐりあい」が主題歌)、ガンダムの映画というとこの曲の印象が強いです。

井上さんのアツい歌、いいですね。Aメロのちょっとセリフっぽく早口で歌うところが好きです。「哀 ふるえる哀 それは別れ唄 ひろう骨も 燃え尽きて ぬれる肌も 土にかえる〜」

そしてサビ「死にゆく男たちは 守るべき女たちに 死にゆく女たちは 愛する男たちへ 何を賭けるのか 何を残すのか〜」

初期ガンダム世代にはたまらない1曲でしょう。

哀 戦士 - ファーストガンダム パック - EP
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2013年10月12日土曜日

悪女 中島みゆき

1981年(昭和56年)10月21日発売、同年間チャート69位、1982年間チャート6位。
作詞/作曲 中島みゆき 編曲_船山基紀。


中島みゆきは、どちらかというと苦手なタイプなんですが、この「悪女」だけは好きでした。発売は1981年の10月で、この年の売り上げランクでも69位に入ってます。昭和の頃は1曲の寿命が長いものが、わりと多かったですよね。

悪女」はシングルとアルバム(寒水魚)ではアレンジが全く違います。まずはシングルバージョン。


子供の私はサビの折り返し「いかないで」のところで、オトナの女を感じドキドキしたものです。耳元で囁かれているかのようで。歌い出しの「マリコの部屋へ 電話をかけて〜」と、いきなり個人名が出てきたのにもドキリとさせられました。

そしてアルバムバージョン


おそらく、中島みゆき本人や演奏してるミュージシャンはこっちが好みだったのでは、と想像します。歌謡曲好きな子供の私には、ちょっと大人すぎて、こっちはイマイチ馴染めませんでした。いま聴いてもやはりシングルバージョンが好きですね。

今回調べていて、さらにもうひとつのバージョンを発見。


これは1987年発売の「歌暦 」というライブアルバムに収録されています。ライブバージョンでアレンジが全く別もの。歌い回しはアルバムバージョンに近いです。やっぱりシングルバージョンは嫌いなんですかね。


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2013年10月11日金曜日

ハイスクールララバイ イモ欽トリオ

1981年(昭和56年)8月5日発売、同年間チャート4位。
作詞_松本隆 作曲/編曲_細野晴臣。


イモ欽トリオ」は当時視聴率男と言われた欽ちゃん(萩本欽一)の番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」から生まれたユニット。山口良一(よしお)、西山浩司(わるお)、長江健次(ふつお)の3人組です。欽ドン!懐かしいですね。毎週観ておりました。

この頃の欽ちゃんはスゴかった。月曜「欽ドン!」水曜「欽ちゃんのどこまでやるの!?」金曜「欽ちゃんの週刊欽曜日」と一日おきにゴールデンで番組持ってたんですから。どれも視聴率30%前後あったんじゃなかったかな?それ以外の日でも「ぴったしカンカン(たしか火曜日)」とか出てたので、テレビをつければほぼ毎日、欽ちゃんがいたわけです。


ハイスクールララバイ」はヒットしましたねぇ。何週も連続でチャート1位でした。作曲の細野さんがアレンジもしていてサウンドはモロYMO。イントロや間奏の振付(YMOのモノマネ)もユニークです。

ベストテンに長くチャートインしていて飽きてきたのか、サビ「100%片思い〜」の「片思い」が、ある時期からそこだけ替え歌になりました。歌詞を視聴者から募り、毎週違う言葉で歌うのです。ひとつだけいまでも憶えてる歌詞が「100%たこ焼き」。字足らずなんですけどね。違和感ありまくりだったせいで印象に残っています。

しかしこれはいま聴くと、うーん、懐かしさだけ、って感じです。もっと感動するかと思ったのですが、、、。当時はイモ欽トリオが出てくるの楽しみだったんですけどね。フツオくんの歌も酷いとはいいませんが、、、、凄い、、、。

流行りものは廃れもの。ブレイクしすぎた企画物ってのは、時の試練に耐えられないのでしょうか。


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2013年10月10日木曜日

キッスは目にして! ザ・ヴィーナス

1981年(昭和56年)7月25日発売、同年間チャート32位。
作詞_阿木燿子 作曲_ベートーヴェン 編曲_井上大輔。


ザ・ヴィーナスの「キッスは目にして!」。曲はベートーヴェンの「エリーゼのために」。「エリーゼのために」って、昔よく電話の待受けに使われてましたよね?オルゴールみたいな音で。実家には黒電話の受話器を置く、ゼンマイ仕掛けのチープな機械がありました。

「キッスは目にして!」より20年ほど前、すでにこの曲は歌詞違いで世に知られています。1959年発表の「ザ・ピーナッツ」「情熱の花」。私の親世代はこっちでしょうね。このザ・ピーナッツのヴァージョンは、ヨーロッパで活躍した歌手「カテリーナ・ヴァレンテ」がフランス語で歌う「Tout L'Amour (PASSION FLOWER)」をカヴァーしたものです。


ボーカルのコニーさん、声も姿もセクシーです。子供の時分ドキドキしながら観ておりました。この時期のアイドルとはひと味違っていて(まあ当然ですが)、子供が観てはいけないのではないか、と、テレビの前で漠然とした後ろめたさを感じていた記憶があります。「ヴィーナス」というグループ名も、なんで「ビーナス」じゃないんだろう、と、そんなことが気になって仕方ありませんでした。

阿木燿子さんの歌詞、素晴らしいですね。歌い出し、1番の1行目は「罠 罠 罠」で始め、2行目に「恋」という言葉を使い、2番ではそれが逆になるという巧みな構成。それと曲終わり「〜恋する瞳」「〜瞳は心」「〜心は炎」ですよ。完璧じゃないですか。

最後の転調も秀逸。「キッスは目に キッスは目にして」この言葉を重ねるところで転調するのですけど、私が「あ、転調だ」と意識した曲は、これが初めてだったような気がします。それまでにも転調する曲なんてたくさん聴いていたはずなんですが、特に音楽の素養があったわけでもない子供にそんなのわからないですよね。

コニーさんぐらい説得力を持った歌、いまでは少なくなりました。

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2013年10月9日水曜日

少女人形 伊藤つかさ

1981年(昭和56年)9月1日発売、同年間チャート43位。
作詞_浅野裕子 作曲_南こうせつ 編曲_船山基紀。


少女人形伊藤つかさちゃんです。私は大大大ファンでありました。地味な感じの女の子なんですけどね、なにか惹かれるものがあるのです。「劇団いろは」で子役デビュー。金八先生の第2シーズンにも出てました。

これは結構ヒットしたので何週間もベストテン入りしました。しかしつかさちゃんは当時中学生、労働基準法で中学生の深夜労働は認められていないということで、ベストテンの生放送(21時から放送)には出られませんでした。


ああ、、もう、聴いていると、胸が苦しくなります。全体的に音程がフラットしているところが実にイイ。リズムも走り目で不安定、だがそこがイイのですよ。ヘタなのもその人の個性。いまのアイドルならガチガチに修正して個性もヘッタクレもない平べったい歌になってしまうでしょう。

私のお気に入りの箇所は、1番のサビ「そうよあの人がいれば きっと守ってくれるわ」の「きっと」。ちょっと意識して聴いてみてください。この絶妙なフラフラ加減に心をくすぐられてしまいます。

3枚目のシングル「夢見るSeason」も好きな曲です。


ああ、、ため息しか出ません。初恋の人に会ったような感じ。1番サビ前の「そんな予感がするこの頃」の「頃」の歌い回し。やっぱり「声」なんですよね、惹かれるのは。生の歌はサビでかなりヤバイことになってますけど、、、だがそこがイイのです。


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2013年10月8日火曜日

もしもピアノが弾けたなら 西田敏行

1981年(昭和56年)4月1日発売、同年間チャート25位。
作詞_阿久悠 作曲/編曲_坂田晃一。


西田敏行もしもピアノが弾けたなら」は、杉田かおる「鳥の詩」と同じく、テレビドラマ「池中玄太80キロ」の挿入歌(第2シーズン)。でもこれB面だったのですね。A面はドラマ主題歌「いい夢みろよ」でした。ドラマ放送中、反響が大きくてA-B面ひっくり返したそうです。そう、松田聖子Sweet Memories」も「ガラスの林檎」のB面だったのが、あのアニメのペンギンが出てくるCMの影響で、A面に昇格しましたよね(こちらは両A面ってことでした)。


イントロのピアノのフレーズが切なく美しい。弾いているのは羽田健太郎さん。Aメロの歌の合いの手、高い音でポロリポロリと奏でるオブリも繊細でキレイです。西田さんのあったかい歌声。ホッとしますよね。

余計なサビの繰り返しがなく、淡白に終わる単純2コーラスの構成が好き。曲はちょっとものたりないくらいのほうが絶対にいいですよ。リピートで聴きたくなりますから。

私はあの畳み掛けるサビの繰り返しがニガテ。そうすることが必然の曲も勿論ありますけど、ただ冗長になってるだけの曲が多すぎ。シンプルに2コーラス、3分半くらいの曲が好きです。

フランク永井五木ひろし観月ありさなどなど、多くの歌手にカバーされています。名曲の証ですね。


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2013年10月7日月曜日

鳥の詩 杉田かおる

1981年(昭和56年)8月25日発売、同年間チャート56位。
作詞_阿久悠、作曲/編曲_坂田晃一。


鳥の詩杉田かおる唯一のヒット曲。

杉田さんといえば、まずはチー坊ですか。1972年のテレビドラマ「パパと呼ばないで」。石立鉄男さんが父親で、杉田さんはその子役。私はリアルタイムではなく再放送で観た口です。

リアルタイムで記憶のある杉田さんは金八先生の雪乃ちゃん。「十五歳の母」ですよ。赤ちゃんの父親は同級生の保(鶴見辰吾)くん。中学3年生の出産というディープなテーマに切り込んでました。そう、これは生徒役に豪華な顔ぶれがいましたよね。トシちゃん、マッチ、ヨッちゃんの「たのきんトリオ」に三原順子小林聡美などなど、、。毎週楽しみにしてました。

その杉田さんは金八先生の後、日テレの「池中玄太80キロ」に出演します。そのドラマの挿入歌で「鳥の詩」が使われてたんですね。私はこのドラマをほとんど観てませんでしたので、劇中での印象は全くありません。


週間のオリコン最高位は10位。中ヒットって感じでした。少しファンでしたし「あ、雪乃ちゃんが歌ってる」ってことでよく憶えています。お年を召した杉田さんは、、、ですけど、この頃は素朴でかわいいですね。ボーカルは見事なまでの棒歌い。しかしそれがいいのですよ。

1番のサビ「私の心が空ならば 必ず真白な鳥が舞う〜」というところの「真白」、「ましろ」と歌うのですけど、それがずっと耳に残ってるんですよね。「まっしろ」じゃなく「ましろ」ってのが。間違ってるわけじゃないけれど、ずっと引っかかってるのです。


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2013年10月6日日曜日

守ってあげたい 松任谷由実

1981年(昭和56年)6月21日発売、同年間チャート10位。
作詞/作曲_松任谷由実 編曲_松任谷正隆。


私のユーミン初体験はこの曲。荒井由実時代は記憶にございません。映画「ねらわれた学園」の主題歌ですね。主演は鈴鹿ひろ美、、、さんじゃなく、薬師丸ひろ子さん。可憐です。


この歌は年間チャートでも10位になるくらいですから大ヒットしてまして、ベストテンに毎週入っていたのに、一度も出演してくれませんでした。当時ニューミュージック系の人たちはテレビを嫌ってましたからね。オフコース中島みゆきなんかも絶対に出ませんでしたし。

この歌はAメロ、Bメロ、サビ、どのパートも好き。教会にいるような厳粛な感じのサビから始まり、その余韻の中で登場するリズム。そして「初めて言葉を〜」とくるわけです。もう感服せずにはいられません。

歌詞を読んでいるだけで、あの日を思い出し胸が苦しくなってきます。何度も何度も繰り返し聴いてしまう、そんな歌。

遠い夏 息をころし トンボを採った もう一度 あんな気持ちで 夢をつかまえてね」、、、、はい、ごめんなさい、そんな気持ちでがんばります、、、、。


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2013年10月5日土曜日

ロンリーハート クリエーション

1981年(昭和56年)4月21日発売、同年間チャート37位。
作詞_大津あきら 作曲_竹田和夫 編曲_クリエーション。



クリエーション(クリエイションと表記するのが正しいようですが、この曲の名義はクリエーション)最大のヒット曲「ロンリーハート」。

洋楽ファンが「ロンリーハート」と聞くと、あの「YES」の名曲を思い浮かべ「カバー曲か?それともパクっちゃったのか?」なんて心乱れることでしょう。しかしあっちは1983年の作品で、全くの別もの。こっちのほうが2年も先ですから。

この歌は不思議とずっと心に残っていて、でもよく思い出せなくて、、。なかなか聴く機会にも恵まれませんでした。最近気まぐれにYouTubeで検索すると、出てきましたよ。いまはいい時代ですね。


後々まで好きでいる歌って、曲がいいのは当たり前でそれプラス、ボーカルの声が好みかどうかってのが大きいと思います。楽器は練習すればある程度はなんとかなりますが、歌声だけは生まれ持ったものですからね。ボーカルは特別な存在なのです。

私は昔よくプロレスのテレビ中継を観ました。そのころ、ジャイアント馬場社長の全日本プロレスで活躍していた外国人に、ドリー・ファンク・ジュニアテリー・ファンクという兄弟がいました。タッグ名は「ザ・ファンクス」。その彼らの入場曲は「スピニング・トーホールド」というカッコいいインストの曲。それがクリエイションの曲だったというのをさっき知り、嬉しくて身体が震えました。ちなみに「スピニング・トーホールド」とは、このザ・ファンクスの得意技のひとつであります。


なんかこれを聴くと血が騒ぎます。

クリエイションは1980年代半ばに解散して20年くらいそのままでしたが、2005年に活動を再開したそうです。ボーカル竹田さんのあの声があれば、いつまでも続けていけることでしょう。

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2013年10月4日金曜日

まちぶせ 石川ひとみ

1981年(昭和56年)4月21日発売、同年間チャート33位。
作詞/作曲_荒井由実 編曲_松任谷正隆。


石川ひとみまちぶせ」週間オリコン最高6位。ヒットしてたなぁ、って印象があっても、6位どまりですか。細く長く売れていたのでしょうね。作詞作曲はユーミンだったとは、今日まで知りませんでした。


いやぁ、この可愛さは年月を経ても色褪せません。清楚な佇まいの中から憂いが覗き、そして芯の強さも垣間見える。絶妙のサジ加減です。それにしても昔のアイドルは歌がお上手。

この歌のマニアックなオススメポイントをふたつ。

ひとつめは、1番のサビが終わったあとのAメロ。「気のないそぶりして 仲間にくわわった〜」ここの「くわわった」の「わ」が重なるところの歌いかた。これがとってもキュート。

ふたつめは、2番のAメロ2行目「わたしは自分から 云いよったりしない」の「しない」の「な」。少し甘えた吐息のような言葉の置きかたをしています。これはトロけちゃいますよ。

これ実はカヴァー曲で、オリジナルは「三木聖子」。三木さんのデビューシングルで昭和51年(1976年)に発表されてます。オリジナルもよいですよ。

昔の曲の多くは、歌詞カードを見なくてもしっかり聞き取れます。詞の世界がちゃんと浮かんでくるのですよね。現在の歌謡界では、そういう曲が少なくなってきました。


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2013年10月3日木曜日

サヨナラ模様 伊藤敏博

1981年(昭和56年)8月25日発売、同年間チャート55位。
作詞/作曲_伊藤敏博 編曲_大村雅朗。


伊藤敏博サヨナラ模様」これもメモリーグラスなどと同じ時期のヒット曲ですね。

彼は国鉄に勤務するかたわら、この曲で歌手デビュー、大ヒットしました。ヒット後も国鉄は辞めずにいましたが、分割民営化(JRになるわけです)に伴い、1987年に退職されたそうです。


なんとも素晴らしい、透明感があっていい声。聴き惚れます。サビの「ねェねェ〜」が続くところが印象的でした。

この曲は当時大好き、ってわけじゃなかったんですけど、何度も聴くうちジワジワと好きになりました。いつもベストテンの10位以内には入っていてほしいな、という曲。この他に西田敏行もしもピアノが弾けたなら」もそんな感じ。週1回は聴きたくなる曲でしたね。

「震えているのは〜」という歌い出し、ベストテンで駅のホームから中継したとき、吐く息が白くて、ホント寒そうな中で歌ってたのを観た記憶があります。この人はスタジオで歌ってるよりも、駅のホームから中継、って印象が強い。

現在も音楽活動は続けていらっしゃるようです。いまもあの声は健在なのでしょうね。

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2013年10月2日水曜日

完全無欠のロックンローラー アラジン

1981年(昭和56年)11月14日発売、1982年間チャート38位。
作詞/作曲_高原茂仁 編曲_アラジン。


アラジン」(ディズニー映画じゃないですよ)「完全無欠のロックンローラー」。80年代が産んだ一発屋の代表格ではないかと、ひそかに私は思っています。ウィキペディアで調べてちょっと驚いたのですが、週間オリコンチャートは7位が最高。私が当時受けたインパクトでは、断然1位なんですけどね。

そう、あの頃オリコンで1位とるのって簡単じゃなかったんです。いまは人気グループが出せば、初登場1位はほぼ約束されていますけど消えるのも早いですね。それに比べ、昔のヒット曲の寿命は長かった。


ボーカルの圧倒的な存在感。ナメた歌い方がバッチリとハマってます。ふざけているようで、でも決してそんなことはなく、歌はかなりうまいですよね。脳天気な女性コーラスもしびれます。

こういう曲がヒットチャートを賑わしていた1981年は、日本もまだまだ平和だったかなと。これはレコード持ってました。

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2013年10月1日火曜日

メモリーグラス 堀江淳

1981年(昭和56年)4月21日発売、同年間チャート18位。
作詞/作曲_堀江淳 編曲_船山基紀。


堀江淳メモリーグラス」。失礼ながら、いわゆる一発屋と思われる彼の曲を、私はこれしか聴いたことがありません。でもこれだけで一生大丈夫なくらいインパクトのある、いい曲なんですよね。80年代初頭にはまだこういうムード歌謡みたいな曲がヒットチャートを賑わしてました。

好き嫌いがハッキリと分かれる、特徴的な歌声の堀江さん。サビ終わり「あいつなんか あいつなんか あいつなんか〜」のところ、たまにケロッと声が裏返ってしまうので、緊張しながら聴いてました。うまくいくと、ああよかった、って安心して。その不安定さも魅力のひとつだったのかも。


この動画、トップテンです。この週は第5位でした。5位以下のランキングが少し見えてますけど、懐かしいのばっかりです。杉田かおる「鳥の詩」、ヴィーナス「キッスは目にして」、石川ひとみ「まちぶせ」などなど、、、。全部歌えます。

この頃のヒット曲は、お茶の間で耳にする機会が多かったためか、レコードを持っていなくても世の中には広く行き渡っていましたよね。世相を表していたというか。

近年の音楽業界は元気がないみたいですが、それはiPodや違法コピーのせいじゃないですよ。単純にいい曲が少ないのと、どれも似たようなものばかりになってしまったせい。

さらに問題なのは過剰な修正。やたらといじくり回し(修正しまくって)音楽的には正しいことになっているんでしょうけど「熱」が冷めてしまっています。音楽から一番大事なハートが失われてしまったんですよね。それでは聴きたいとは思わないし、ましてお金を出すなんてありえません。

なんとかうまいことなりませんかね、、。歌謡曲ファンとして、レコード産業が廃れていくのが悲しいです。

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